しまぶ日記
20252026
昼間あんなにも暑かったのに今、夜はとても涼しい。
朝早く起きて走ろうと思っていたけど、目覚めたら10時で夕方走ろうと思ったらカレンダーから通知があって今日は渋谷でART-SCHOOLのLIVEがあったのだった。来週だとずっと勘違いしていたので危ないところだった。ありがとうカレンダー。文明の利器。というわけで真っ昼間から走ることにした。真夏の昼に走るのは命からがらなのだが、走り終えたあとに公園で頭から水をかぶるのがやめられないのである。死んで生き返るのだ。それがいいのだ。
夕方、渋谷に行った。そう、アートのLIVEだ。ヘルシンキラムダクラブとリーガルリリーとの対バンだ。アート目当てだったけど、どれも好きなバンドだ。それぞれ自分の好きな曲をやってくれた。たまらん。死んだ。ここでも死んで生き返った。音楽最高。
大吉祥寺.pmに参加してきました。
「変わるもの、変わらないもの」をテーマに様々なバックボーンを持つ方たちの発表を聴く。十人十色。しかもみなさんトークが上手い。さらにシングルトラック。シングルトラックは至高。ただただ最高でした。
中でもわたしは市川さんのLTが一番印象に残っています。PHPで書かれたルーターなら何でも出来る、通信に介入して音も鳴らせるとpingして実際に音を鳴らすデモを見たとき、自然に「すげぇ」と声が出ました。まさに「面白いものを作ったから聴いてくれ。」という、もの作りが好きな人の発表で感嘆が漏れちゃいましたね。至高でした。
懇親会では色々な人とお話ができました。クイズは一問目で脱落しました。難。悲。
帰り、偶然にもすどうさんやナカミチさんとお話することが出来ました。いつか話してみたいなと思っていたので感謝感激です。
というわけで大々満足。お疲れ様でした。
今日はPHPカンファレンスJapanに参加しました。会社でスポンサーをやらせていただいたのでブース対応というやつです。ブース対応、今まで何回かやっていますが未だにどのように振る舞うのが正解なのか分かっていません。まぁ、来てくれた人と会話が出来れば正解だと思ってやってはいます。そうそう、AIエージェントを使うコツを教えて?というアンケートを取ったのですが、コンテキストをいかに上手にAIへ渡すのかにヒントがありそうでした。懇親会では色々な人とお話することができました。憧れだったおいラジオの管理人、まつPさんとも話すことが出来ました。なんと、写真も撮ってもらえました。家宝にします。さのげさんの元同僚の方とも話せて、一緒にいたごへいもちさんとさのげさんはシゴデキな上にイケメンなのでどうにか弱点を探したいという話をしました。MakKiさんとはハンダゴテの話を少ししました。お腹一杯。お疲れ様でした。
慌ただしい日々で気づいたら蝉時雨が鳴り止まないです。
わたしの住むマンションの前には大きな木があって、毎年毎年夜な夜なセミがそこで羽化をしています。羽化っていうのか分からんけど、幼虫が成虫になる人間で言えば義務教育が終わって社会に足を踏み出すやつです。夜にふと見に行くとしょっちゅう羽化してます。昨晩も一匹そこにいました。
セミってたぶんあまり好かれてなくて、だってうるさい。でも羽化したタイミングだと、とても透き通った身体をしていて、うす緑色をしていて綺麗です。しかも噂によると7年間は土のなかで過ごすそうです。そして1週間で人生の幕を閉じる。儚い。7年間は誰にも気づかれず1週間、自分を叫ぶ。そのような過去があり、今がある。儚い。
何が言いたいかというと、人間も一緒で目の前にいる人も過去があり今があるということです。見えないものも見ていきたいです。
最高の休日だった。
朝はアルゼンチンvsカーボベルデを観てメッシの神トラップからのゴールを拝むことが出来た。カーボベルデも2度も追いついて素晴らしかった。メッシは本当に凄い。年齢を重ねるごとに研ぎ澄まされている感じだ。こうでありたい。
昼はFable5を触っていた。あらびっくり!トークンをあっという間に食う。課金せねばあるまい。明日はたくさん触る。
夜は、NIGHT MARATHON 2026@フクダ電子アリーナに参加してきた。ジェフ千葉のホームタウンであるフクダ電子アリーナで走れるというものである。10Kmの部。目標はkm5:30切り。結果はというと、吐きそうになりながらも無事完走&目標達成。くわしくは今日のXにつぶやいた。帰りは山岡家でラーメンと餃子とビールで締めた。
とにもかくにも、最高の1日だった。
上善水の如し
今日は、きのこカンファレンスに参加してきました。このカンファレンスは40歳以上のエンジニアの方が今までどうやって生きのこってきたのか、この先生きのこるにはどうすればいいのかを話す場です。それを年齢に関係なく、みんなで聴く。エンジニアが話すということで技術的なものを想像されるかもしれませんが、そこで語られていたのは登壇者それぞれの「人生」でした。自分をここまで作ってきたもの、経験の類です。若手からの逆質問という企画で、ロールモデルを見つけるという話がありました。ロールモデルを見つけてその人の背中を追うように生きる。それもいいでしょう。ですが、ロールモデルが見つかるとは限りません。だからこそ、こういったカンファレンスで先人の経験を聴くというのはとても貴重なものだと感じました。このような場を用意していただき、感謝しかありません。みんなで、生きのころう。
今日は非常によく疲れることができた。
「疲れることができた」というのと、「疲れた」というのは、絶妙に違っているなと思う。
うまく言えないのだけど、この感覚を大事にしたい。
ただ消耗したのではなく、ちゃんと自分を使えたような疲れ。
そういう日だった。
昨日は息子が通う学校の文化祭に参加してきた。この学校、最上級生は演劇をやるというのが風習のようで毎年賑わっていて、その日も朝から大混雑であった。妻も演劇が好きで、それを観るのが目的だ。息子はまだ最上級生ではないのでクラスの出し物として、お化け屋敷をするとのことだった。最初に息子のクラスのお化け屋敷を体験することにした。正直、舐めてた。ふつうにびびった。単純に真っ暗闇の中で無意識のところから声とか腕とかミイラとか出てきたらびびるわ。その後はお目当ての演劇ともう一つ演劇を観た。どれもとても感動した。なんだろうな、ほんとに一生懸命練習したんだろうなというのが伝わってきた。歌が上手な子もいればそうではない子もいたのだけど、そんなことはどうでもよくて、一丸となっていいものを届けるという想いが伝わってきたんだよな。泥臭さ不器用さ一生懸命さ。忘れかけているものを思い出させてくれた。とても良かった。
早朝4時、鳥がピーチクパーチクとても騒がしい。いま、この世界の音を牛耳っている。昼間はそうでもないのにな。早朝だけお喋りなわけじゃなかろうに。昼間は喧騒にかき消されているのかな。
なんでこの時間に起きているかというと、昨晩ビールを飲んだら夜中の2時に目が覚めて眠れないからである。お腹が減ったのでコンビニでおにぎりとサンドイッチを買って公園でひとり食べている。
お酒、飲むと顔が真っ赤になる。いや顔だけじゃないんだよな。身体全体が真っ赤になる。息子曰く、「他人が見たら、とんでもないモンスターに見えるんじゃない?」とのことらしい。
とんでもないモンスターというワードになぜか腹を抱えて笑った。昨晩の記憶。
朝の光。目を瞑って、じっと浴びる。そっと目を開く。
そうすると、どうだ。薄い青味がかった世界がそこに広がる。今まで見ていた風景が変わる。今まで居た場所が変わる。今日もやれるんじゃないかって思える。
そうやって一日が始まる。
情報共有の大事さ。本番のエラー通知が大量にきて、てんやわんやした。ログを辿ると、どうやら障害が発生しているのは一社。とはいえ通知の量が半端なく、まずはビジネスサイドに事象だけ共有しておいた。
なんとなくあたりはついていた。でも、どうにも想定と違う。新たなバグなのか?とメンバー全員で絶望していたところ、セールスの方がハドルに来てくれた。「お客様に連絡したら、解決しているそうです。」
詳細は省くけど、設定に手違いがあったようだ。無事解決。
今回、最初に情報共有していたおかげで、絶望の淵から戻れた。みんな今ごろ温かい夜ご飯を食べているはず。
別件でも、パツンパツンすぎて他のメンバーに助けを求めたら、すぐに対応してくれて助かった。これも早めの情報共有だ。問題が起きたら、まず声を出す。弱みを見せることに近いけれども、情報共有は大事。
頑張った。6月は頑張ろうと思っていて、今のところ頑張れている。
いや分かるよ。頑張ったら評価される訳じゃないってことくらい。でも最低限、頑張るってことはやらなきゃいけないと思うんだよな。
量より質っていう人もいるけど、ぼくは質なんてもの出したことないから。いざって時は、とりあえず頑張ることしか出来ないんだよ。ずっとそうやって生きてきた。嫌になっちゃうよなー。誰か見ててくれないかなー、なんて思っちゃうわけ。いつかはきっと報われるとかさ。クリープハイプの「二十九、三十」かっ。気づけばもう四十四になるっていうのに。
こんな時、お酒に溺れてみたいとか思うけど、お酒が飲めないのだった。哀しい夜だ。
ツイッターで万人に受けそうないい言葉を見かけてもグッとこなくてですね。身近な人にありがとうとか、がんばってるねとか、ただそれだけ言われるだけで救われたりする。
そんなわたしは甘えん坊。全人類に甘えて生きていきたい。サクランボ食べたい。
息子、お風呂に入るとよくひとり言を呟いているのだけど耳を澄ませて聞くと英語だったりする。おもしろいなーって思うけど、少し嫉妬したりもする。
娘は努力家だ。テスト前になると必ず勉強している。自分が同じ年ごろの時を思い出すと考えられない行為だ。尊敬している。報われてほしい。
ふたりは我が家のサクランボだね。甘やかしていこう。
朝起きてランニングに行って息子とサッカーを観るために蘇我へ行って山岡家でラーメンを食べてジェフの試合を観戦して地元に帰ってきて息子とビリヤードをやって家に帰ってフロンターレの試合をDAZNで観て布団に入って今。盛りだくさんだった。盛りだくさんはいいよ。休みは盛りだくさんにしていこう。たくさん予定を入れてさ、たくさん身体を動かしてさ、たくさんお金を使ってさ、諸々をスッキリさせよう。
そういえば、山岡家、とても美味しいけどそれは最初だけかもしれない。おじさんには味が濃くて後半けっこうしんどかった。ほんとに美味しいんだけど、3カ月に1回食べられればいいかなという感じ。サッポロ一番なら週2〜3回くらいは食べられると思うけど、山岡家というか、外で食べるラーメンは大体そんな感じ。ほんとにラーメン系ユーチューバーって凄いなって思うよ。
まぁ、いい1日だった。ジェフは心配。
お腹がぐーぐー鳴っている。今電車の中なのだけど、隣の人に聞かれていそうだ。けっこうしんどいよな。ぐーぐー鳴るのって止められないよね。どうしたらいいの。でもさ、ぐーぐー鳴ってるってことはお腹が空いているってことで、生命の危機に瀕しているよって身体が伝えてくれているんだよな。大音量で鳴ったら、あ、この人お腹が空いているんだなって他人にピンチの状態が伝わるよね。サイレン。これが不思議なもので、例えば頭が痛いとか、心が痛いとか、そういう時って身体は何もサイレンを鳴らさないんだよね。どういうことなんだろうな。生命の危機に瀕しているのなら、分け隔てなくサイレンを鳴らしてほしいよ。そうしたら誰かに気づいてもらえるんじゃないのか。いや、別に深い意味はなく、ただそう思っただけ。まぁ、でもそうなったらそうなったで、めちゃくちゃうるさいだろうな。それにしてもお腹が減った。日高屋でラーメンを食べて家に帰ろう。
絵を描きたいな。小学生の頃はめちゃくちゃ先生に褒められていたんだよ。絵が上手いって。ほんとなんだ。先生から送られてくる年賀状にさえ「今年の絵にも期待してるよ!」って書かれてたもん。
っていうくらい、褒められた記憶っていつまでも残るからさ。ささいなことでも褒めていきたいな。
あの時の先生は、そのときたまたま上手く描けた絵のことを褒めてくれてたんだろう。それでもなぜか、ずっと覚えている。自分は絵を描くのが上手なんじゃないかって未だに思っている。
最近、じぶんの子どもを褒めただろうか。
最近、周りにいる誰かのことを褒めただろうか。
最近、じぶんのことを褒めただろうか。
まずは、そういうところからなんだろう。
気合を入れて頑張ろうとするとろくなことにならない。頑張るなということではなく、がむしゃらになんにでも首を突っ込むなということ。基本的には自分でやると決めた事に集中する。お任せしているもの、人がやろうとしているものはそっと見守る。なぜ、首を突っ込んでしまうのか。それは知らないからである。何をやろうとしているのか、きちんと進められているのか、知らないから不安になる。不安になって知りたがる。首を突っ込む。その結果どうなるかと言うと、余裕が無くなる、物事が進んでいないんじゃないかと焦る、首を突っ込んでみたら実はうまく進んでいて空回りしていたという結果になる。
今まさにこんな感じだ。これを防ぐには、お互いに何をしようとしているのか認識することが大事だ。そう聞くと、マイクロマネジメントだとなってしまう。決してそうではなく、お互いに信用を積み上げたいのです。これをどうすればいいのか。悩んでいます。
この土日、すごく満喫できた。
5km走って、息子とビリヤードをして、サッカーをテレビで観て、コードを書いて2つリポジトリを公開した。今日なんてすごく月が綺麗だし。
このように、休日は自分の好きなことをとことんやるのが一番。好きなことがないって?何でもいいんじゃないか。自分が嫌だなって思うこと以外をやればいい。
そうだなー。やっぱり自分はモノを作るのが好きなんだと思う。作る手段は問わなくて、自分が作りたいと思ったものを形にするのが好きなんだなー。形にならないものでもいい。ギターやビリヤードが上手くなるとか、ランニングが早くなるとかそういうのでもいいんだ。「想像を具現化するのが好き」なんだよな、きっと。言葉でもいい。誰かを笑わせるとか、こうやって文章を書くこともそうなんだろう。何かを作ってるんだ。
おやすみ。明日は早い。
「何を見て、何を見ないか。」
全部やれればいいのだろうけど、それは出来ない。全部やれれば、すべて自分のせいに出来るから。失敗してもそれは納得できるから。でも全部はできないよな。だからこそ、やらないことを決めることが大事なんだよな。任せられるものは任せなきゃいけないんだよな。だけれども、任せるっていうのも難しいもので、きちんと期待していることを伝えなければいけない。ただ任せているというのは、丸投げと一緒だから。でもそれって見てることと一緒じゃないのか。あーそうか、結局見なければいけないのだ。見るタイミングというのがあるんだろう。何も見ないではなく。あーなるほど、自分はそこが弱いのだろうな。「何を見て、何を見ないか」ではなかったのかもしれない。「何を見るのか、いつ見るのか」なのだろう。任せるとは、見ないことではなく、見るタイミングを変えることなのかもしれない。しんどいな。
やっぱり、自分に自信が持てない。何か言葉を発する際や何か行動する際はかなり慎重になってしまう。期待外れとか頭が悪そうに思われることが怖い。それは裏返すとプライドが高いのでは、と思われるかもしれないが、単純に「がっかり」されることが怖い。
誰もそんなに期待していない、よく聞くが、どうせなら期待に応えたい。
想像のしすぎ、これもよく聞くが、どうしても想像してしまう。
自信とはなんだ。自分が信じられるか、と捉えるのなら、「自信が持てない」というのはがっかりされる自分を許せない、それに耐えられないということか。そう思われることを無駄に想像して傷つくことから逃げていることか。期待に応えられている自分、という偶像を守りたいのか。あぁ、結局のところプライドなのかもしれない。このプライドを少しずつ手放すところからか。自問自答になった。おわり。
マネージャー業務は、インターフェース設計が大事なのではないかと感じています。
今いちばん自分が悩んでいるのは、「何を見て、何を見ないか」です。「責任感の割り振り方」と言ってもいいかもしれません。
プログラミングに当てはめると、具体と抽象の話です。インターフェースを介することで、具体を知らずに済む。具体を知りすぎると、かえって動きが遅くなることもあります。委譲できるものは委譲する。これは組織運営にも言えそうです。
こちらが知りたいからといって詳細に入りすぎると、現場の判断にこちらの意向が混ざり、これもまた動きが鈍くなることがあります。
大事なのは、こちらの期待をきちんと伝えること。やり方は具体に任せる。
少し機械的に見えますが、まずは自分の意思を示すことが大切なんじゃないかなと、酔っ払いながら考えた金曜の夜でした。
クワガタムシがいた。
五月の昼下がり、マンションの階段にいた。ちっこいの。その階段の近くには小学生の男の子が住んでいるから、その子のクワガタが脱走したのかなって想像してピンポンを押したろかと頭をよぎったけど、ピンポーン、「はい」、「あの、階段にクワガタが落ちていたんですけど」、「え、はい」、「お宅の息子さんのクワガタ脱走してませんか?」、「いえ、クワガタ飼っていないです」、って言われたらただの怪しい男だからやめておいた。とりあえずこのまま階段に置いておいたら誰かに踏まれるかもと最悪のケースを想定したことにして、外にある、決してクヌギの木ではないどこにでもある木にくっつけておいた。
元気にしがみついてくれたよ。
いつの日か、このクワガタが恩返しに来たらうれしい。期待して待ってる。
健康診断だった。採血をして、鼻から胃カメラをした。胃カメラ、最初はドギツいが慣れてくると人体の中身を見れてうっとりする。そうそう、採血は過去一で痛みを全く感じなかった。やっぱり上手い下手があるんだろうな。何が違うんだろうか。愛なのか。
社内勉強会があって、「職能を溶かしてみんなで生きのこりましょう」という話をした。各チームで業務にAIを取り入れてみる話から、今後どのようにこのAI時代に向き合っていけばいいのかという話だ。
職能なんて関係ないぜ、職能に閉じこもっていたら生きのこれないぜ。というものだが、この考えは昔からあったはずで、その必要性がより濃く明確になったということなんだと思う。何を作るのか、なぜ作るのか、そこに全員で向き合っていかないといけない。作ることの多くは、これからAIが担っていくのだから。だからこそ、人間は答え合わせができるようにならないといけない。
カナヘビが目の前を横切る穏やかな昼下がりです。半袖の人もいれば長袖の人もいる。そんなちょうどいい季節がとても好きです。
わたしは、沖縄生まれなのですが、沖縄で一番好きな季節が春です。まさに今日みたいな、空気は暖かく、かといってまだ湿っていない、風は少し強いのだけどちょっと涼しい。そんなちょうどいい季節がとても好きです。一生この気候でいてほしいと心底思っています。
なんだろうな、今日みたいな気候に触れると必ず沖縄で見た記憶を思い出します。たぶん、それはさとうきび畑の目の前にいて、さとうきびの葉が風にひたすらなびいている風景。小さいときにしかいなかったから、そんなに沖縄の記憶は無いのだけどなぜか思い出します。なんでだろう。
今日はそんな日です。
髪の毛を切った。
地面師たちの綾野剛に憧れて、バッサリといった。そう、わたしは形からめちゃくちゃはいるし、ミーハーなのです。
どうなったかというと、綾野剛よろしく、モグライダーの芝みたいになった。誰がさそり座の女やっちゅうねん。美容師さんには久保田利伸に似ていると言われた。そういえば家族にも似てると言われることがあった。久保田利伸がたまにテレビに出るたびに、「あ、パパだ」と。誰が回れ回れメリーゴーラウンドやっちゅうねん。まぁ、ええわ。
夕方、ジェフとゼルビアの試合をフクアリに観に行った。内容は惨敗。スコア以上に何もやらせてもらえなかった感がある。石川がいないと前で収まらない。石川の存在感は異常。
回れ回れメリーゴーラウンド。もう決して止まらないように。
唐突に、日記を自分の声で読み上げたくなった。プレーンなテキストだし、都合がいいかなって。で、どうしようかなってなるわけだ。日記を読み上げたのを録音してアップロードすればいいだけなのだけど、時代がそうはさせない。今って猫も杓子でAIじゃん?自分の音声モデルを用意して、そいつに音声ファイルを作成させるのがナウい。軽く調べたらCoeFontというサービスがあった。これすごい。一定の文章を読み上げるだけで、自分の音声モデルを作ってくれる。んで、文章をコピペしたら、自分が読んだような音声ファイルを作ってくれる。こいつはすげえ。あとは、音声ファイルをアップロード出来るように実装しただけ。声を聞くボタンを押すだけで読み上げてくれる。楽しい。ついでに、録音機能も作った。数時間で出来た。
2026年5月17日、世界観のズレによりこの機能は削除。
ずっと体調が悪い。今日も午後から仕事を開始しました。この歳になってくると一度体調を崩すとかなり引きずります。かと言って、健康に気を使っているかと言うとそうでもないんだな。これが人間というもの。ちなみに、「気を使う」は自分の行動や状況に対して注意を払う際に使い、「気を遣う」は他者に対して配慮を示すときに適しています。だそうです。日本語って難しいね。
これは18年前、富士山に登ったときの写真です。富士山にまた登りたいな。富士山は自分の無力さを再認識させてくれるから。
ひさびさに労働しました。労働は、やはりしんどいなと思いました。よくやってるなって。でも、労働しないとお金貰えないからご飯食べれないもんなー。働かざる者食うべからず。世の中よくできてる。
お金。唐突にお金を稼ぎたくなった。副業という方法が頭によぎる。副業、昔やったことはあるんだけど、しんどい思い出しかないんだよな。みんなよくやってるよ。こうなったら何かアプリを作ってみるしかないよな。月、数万でいい。いや、とてもしんどそう。どうしたらいいのだ。でもやってみるしかないのだよな。よし、やってみよう。何がいいかなー。自分も使えるやつだよね。作るとしたら。いや〜、とはいえ、しんどそうだ。
働かざる者食うべからず。世の中ほんとうによくできてる。でも、夜遅くにご飯を食べるとあまり眠れないんだぜ。
ちなみにこれはレタスを食べるマナティー
だいぶ体調戻ったけど、何もやる気が出ない。無気力。明日から仕事なのだけど?
そーいえば昨日は、Netflixで「愚か者の身分」と「地面師」を観たのだった。綾野剛がどちらにも出演していたのだけど、とてもいい味が出ていた。なんというか画面越しでも謎のオーラが滲み出ていた。
妻曰く、綾野剛には「色気」があるとのこと。なるほど、色気。男である以上、色気というものは感じるものであって自分から発するものではないと思っていたけど、綾野剛には色気があるという妻の説明に納得しかなかった。綾野剛、つまりはエロい。
夕方からはFC東京とジェフの試合を観ました。佐藤龍之介はJリーグレベルではないです。早く海外に行ってほしい。試合はジェフの圧勝でした(FC東京外しすぎ)。姫野にはもっと色気のあるプレーを求めたい。
子どもの日。快晴。体調良くなってきた。
干していた布団にカメムシがついていた。ふっ、ふーっと息を吹きかけたら飛んでいった。
干した布団を体に絡めるのは最高に気持ちがよいです。太陽の匂いがします。太陽を抱きしめているようです。すぐに眠ることが出来ます。
おやすみ。
目が覚めたら18時。4時間寝た。このGW、いろいろやりたいことがあったけど、寝のGWになっちゃったな。きっとこういう休息のためのGWだったんだろう。そういうことにしておこう。けっこう体調も復活してきた。たぶん明日には全快している。
おやすみ。
晴れ。強風。引き続き絶不調。
鼻水と咳が止まらない。症状は鼻水と咳だけで熱は無い。咳のしすぎで身体が痛くなってきた。
お昼ご飯を食べたら凄く眠くてたくさん寝た。目が覚めたら夕方で、たくさん寝たからか意外に体調がいい感じになっていた。
ボケーっとしていたら妻がそーっと話しかけてきた。娘が寿司を食べたいとのこと。スシローへ行きたいそうだ。行きたいなら行きましょう。ぼくは元気です。ということで夜ご飯はスシローで食べた。
スシローには歩いていったのだけど、帰りの道中はとても寒かった。調子こいてアイス買って食べてたからというのもある。でも、昨日よりは元気だ。明日に期待。早よ寝る。